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※サーバートラブルで消えてしまった為再掲しました。
黒モン族の刺繍布はアジアの織物に関心を持ち始めた最初の頃から好きだった布。
今から30年程前、1年間旅をしていた時にベトナム北部、中国国境に近い山間の村サパを訪れました。標高1650mの高原にある村で周囲には美しい棚田が広がっています。
当時はまだ立派なホテルはほとんど無く水シャワーしかない簡素なゲストハウスが何件かあるだけでした。元々フランス統治時代にフランス人が避暑地として開発、その後欧米のバックパッカー達に密かに人気がある場所になりました。
毎週土曜と日曜にサンデーマーケットと呼ばれる市が開かれます。サパはベトナム人(キン族)の村ですが、その周辺の山々に暮らす黒モン族や赤ザオ族、黒タイ族などの人たちが民族衣装に身を包みこのマーケットにやってきます。村で作った野菜や手作りの織物などを売りに、そして生活用品を手に入れることが目的です。
静かな小さな村ですがマーケットの開かれる土日には少数民族で賑わいます。
そこで出会ったのが黒モン族の刺繍布でした。
東南アジアに暮らす山岳民族モン族は刺繍が美しいことで有名な人達。
ある友人は「世界で一番刺繍が美しい民族」とまで言っています。
中国南西部雲南省の東隣りに貴州省があります。ここに多く暮らすのは苗族(ミャオ族)と呼ばれる少数民族。中国は56の民族による多民族国家ですがそのうちの1つの民族です。
この苗族(ミャオ族)はモン族と同じ人達ですが東南アジアではモン族と呼ばれています。
もともと揚子江中流域などで暮らしていましたが、18世紀初頭から他の大民族に追われるように貴州省に移動してきました。一部の人たちは、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどまで移動し、山岳地帯に暮らすようになりました。
ベトナムでは中国国境に近い山岳地帯に暮らしています。
ラオスのモン族はベトナム戦争時代、アメリカCIAの秘密工作部隊として利用されていたという不幸な歴史もあります。
この苗族・モン族の染織は、布を藍で染め、ろうけつ染めをし、その上に刺繍をするのが共通の特徴です。特に刺繍が素晴らしいことで有名です。
この特徴は同じですが長い年月が経る中でそれぞれ居住地によってテイストが異なっています。タイ北部やラオスにも暮らしていますが刺繍や衣裳も異なり、個人的にはサパの黒モン族の刺繍が一番好きです。
「黒モン族」との呼び方は外部の人達が付けたもので黒をベースとした民族衣装を着用していることから付けられたようです。
実は正確には藍染を何回もし黒に近い濃藍色になっており、男性、女性ともこの濃藍色の上着とズボン、女性はそれに脚絆がベースになっています。
刺繍が立体的であることもサパの黒モン族の特徴です。男性は黒もしくは濃藍色の上着を着用し、襟部分がハイカラーになっています。その後ろ側に刺繍布が付けられています。女性は上着の袖の部分に幅広の腕章のような感じで刺繍布が付けられています。
また、女性の帯にも刺繍布が使われています。
苗族、モン族とも子供を負ぶうための負ぶい布が素晴らしいことでも有名です。
貴州省の苗族の場合、衣裳全体に刺繍が施されているものも多いのですが、サパの黒モン族はワンポイントのように刺繍が使われており、ある意味モダンな使い方です。
モン族の女性は一日中刺繍をしていると言っても過言ではありません。
市場で野菜を売っているときも手には布と針を持って刺繍をしています。ひなたぼっこをしながら雑談している時も刺繍布を手から離しません。
それを見ている子どもたちも小さな時から刺繍を始めるのでしょう。
サパの黒モン族の藍染は色止めが不十分なようです。ですから常に女性の手は色落ちした藍に染まっています。
その手で刺繍をするので刺繍の上にもうっすらと藍が付きベールがかけられたようになっています。
このうっすらと藍がかかった事により、立体的な刺繍がさらに独特の良さを生み出しています。
1枚の民族衣装ができるまでには長い工程がかかります。
サパの黒モン族の人達は麻を使っています。麻を育て、糸にし、機織りで布にします。
染め方は無地で染める場合とろうけつをして染める場合があります。
ろうけつ染めとは、ろうを熱で溶かした液状のろうで布地に模様を描き、描いた部分を防染(染まらないようにする)し、染色した後にろうを取り除く技法です。
モン族の人達は蜜蝋を使います。山で取ってくるのでしょう。蝋を布に塗るのには蝋刀というものを使い、それを自作し、溶かした蝋で布に幾何学模様を描きます。
蝋で描かれた部分は藍で染めても白く残ります。この上に刺繍をします。子供の負ぶい布が特徴的です。
経済化が進みアジアの多くの国々で日常的には民族衣装を着用しなくなりました。
その中でもサパは山に暮らす少数民族が民族衣装を着用し暮らす風景が見られる数少ない場所でした。
最後に行ったのは8年前だったと思います。
ベトナムも高度成長になりその影響が山岳地帯の少数民族まで及んで来ているようです。
かつてはサパへの観光客は外国人だけでしたが、ハノイから中国国境の中心地の町ラオカイまで高速道路ができ、また、ベトナムの高度成長により国内旅行が急増。サパのサンデーマーケットにも首都ハノイから多くのベトナム人観光客が訪れるようになってきました。
サパの村もベトナムの有名観光地になっていくことでしょう。
高度成長の恩恵でサパの村も山に暮らす少数民族も経済的には豊になって行くと思われます。
一方でこれに反比例するように伝統的生活が消えていくことでしょう。
布を手作りする技術やこの刺繍も無くなっていくのかもしれません。
豊になることは良いことです。
しかし、素晴らしい伝統技術が生活の中から消えていくのは残念なことです。
(アジア民族造形学会会員 相葉康之)
参考書籍:
◎Peoples of the Golden Triangle Six Tribes in Thailand
https://www.amazon.co.jp/-/en/Paul-Lewis/dp/0500973148
出版社 : Thames & Hudson (1984/8/1)
発売日 : 1984/8/1
言語 : 英語
ハードカバー :? 300ページ