カンボジアで伝統織物の復興に取り組むクメール伝統織物研究所(IKTT)岩本みどりさんにカンボジアの伝統織物と現地での活動を3回に分けて紹介してもらいました。
今回が3回目(最終回)です。
3.カンボジアの染織り(布の種類や染め、織りについて)
※IKTT…Innovation of Khmer Traditional Textiles organization
参考:アジア民族造形学会2023総会/大会で報告された動画(15分)です。こちらもご覧下さい。
◎学術発表「クメール伝統織りの復興を進める織りの村からの報告」(2023/08/27)
※画像をクリックすると拡大表示します。
3.カンボジアの染織り
ここでは主に、「染め」について書いていこうと思う。というのも「染め」は布の仕上がりに大いに影響していると感じているからだ。また、布の種類や織りについては調べようと思えばネットで簡単に検索できるが、染めについては簡単に説明出来ない部分も多い。
カンボジア伝統絹織物において特に欠かせないのがラックカイガラムシの巣から抽出した赤。実際には、ラックカイガラムシの巣の中にいるメスの成虫の体内の赤い色素を使用し染めている。染めたての鮮やかな赤、そして何十年という長い期間をかけて初めて見えてくる、深みのある赤。黄金のシルクの風合いとあいまって、どちらも本当に美しい。
2021年、シェムリアップにあるMGC Asian Traditional Textiles Museumにて文化芸術省主催クメール伝統織物の展示会が開催され、IKTTも展示と実演で参加した。そこで注目されたのが、IKTTにおいての「染め」だった。カンボジアの村でも1950年代には化学染料が使われるようになっていたそうで、現在ではそれが広く使用されている。しかしIKTTは設立当初より自然染色を貫いており、その技術は年々進化している。
その展示会にはカンボジア人の職人も来ており、IKTTの職人にラック染めについての質問をした。どうしたらこんなに綺麗に深い赤を染められるのかと。結果として染め方に大きな違いはなかった。しかしIKTTの職人が伝えたのは、言語化出来る範囲の基本的なやり方だった。
自然は常に変化し、自然を相手にしている私達の仕事は本来マニュアル化することは出来ない。もちろん何キロの糸に、何キロのラック、と基本の分量は決まっている。しかし重要なのは、マニュアル化されてない部分でもある。職人達は色をみて、時には匂いを嗅ぎ、そこから手を加える。職人達の思う美しい色を出す為だ。専門家が来て職人に色々と質問することもあるが、彼女達の答えはいつも同じ。それ以上は言わないし、そもそも感覚で行っている事だから言葉に出来ないという方が正しい。
ちなみに現在IKTTでは、1キロのシルクに対し、5キロの粉砕したラックカイガラムシの巣、500gのタマリンドの実を使用する。タマリンドの実の部分を水で溶かし、その液を使用する。地域によってはタマリンドの葉を使用する場合もあるそうだ。これらの材料を水につけ、しばらく日向に置き色を抽出する。雨季は約1週間、乾季は3日~5日ほど置くと良い色が出てくる。また、糸を染める前にはミョウバン液に糸を浸し、その成分を糸に含ませる。そして染め終わりの仕上げにも、ミョウバン液を使用する。これを使用する理由は色がワントーン明るく発色し、また、一般的には色落ちが抑えられる効果があると言われている。
いつだったか、こんなことがあった。
いつものように括った緯糸(よこいと)をラックの赤に染めた。ラックカイガラムシの巣から抽出される美しい赤。しかしその時は何かが違った。いつもより深くなんとも言えない強く美しい赤だった。その時に使用していたラックは、猛暑で多くのラックが死んでしまい不作の時のもの。手に入れる事すら難しかったが、なんとか手に入った。そんな猛暑を生き抜き、厳しい自然環境に適応したラック達だから、深く、強い赤をだしたのか。もちろん真相は不明。
ここで森本の言葉を記す
『ここで作られる布は、全て自然のモノ。だから僕達は「自然と向き合う」ことが基本 にある。自然の流れに人間が合わせる、だから思ったようにいかない時もある。しかし、それを悲観しない。自然の流れに合わせる、自然の流れを読む、そうすることで 自然から沢山の恵みをいただける。その恵みの結晶が「クメール絣」。マニュアルがあれば出来ると思われがちだが違う。わたし達にはマニュアルはない。 マニュアル化出来ない自然と人という事象と向き合いながら事業を進めているから。』
IKTTの布がカンボジア内において一目置かれるのは、手引きのカンボジアシルクを使っているというのはもちろんの事だが、染めも大きく影響していると考えている。括りや織り、これらにおいて良い腕を持つ職人達はカンボジア国内にまだ存在する。2019年12月、伝統的に織物の産地であるタケオ州に視察に行った際、実際に良い仕事をする職人達は少なからずまだ存在していた。しかし、安く手に入るベトナムシルク、簡単に染められる化学染料、これらに慣れているタケオ州の職人達にとって私たちの布は良い意味で異質に見えたのだろう。IKTTの布をしばらく触りながら、各々の織物に対する想いを語ってくれた。そして皆口を揃えて、これがクマエ ユーン(私達クメール)の布だと。
私は研究者でもなく専門家でもない。しかし、現代のカンボジアにおいて貴重になってしまった自然染色の技術は、昔は当たり前のように自然のモノで染めていたことくらいは、カンボジアの古い布を見ればよくわかる。模様の緻密さ、技術、表現力はもちろんのことながら、100年経っても現代の私達を魅了するその色はカンボジアの絣布を語る上では欠かせないと個人的には思っている。そして、その中でもやはりラックの赤というのは特別な色に映る。
3回に分け書かせていただいた文章も、これが最後となりました。拙文ではございますが、最後までお読みいただきまして有難うございます。また、このような貴重な機会をいただきました事、心より感謝申し上げます。
(IKTTゼネラルマネージャー 岩本みどり)
■ラック染めについて [第4回ラック研究会・講演会(第21回摂大農学セミナー)]
IKTT講演部分のみをIKTT YouTubeチャンネル内にて公開しています。
https://youtu.be/_D5lvsnt2pU?si=ZZb3qrI7ufWEdLbq
■カンボジアの染織り
アジア民族造形学会2023でのIKTTからの報告動画。IKTTについて、カンボジア染織りについて説明した動画をIKTT YouTubeチャンネル内にて公開しています。
https://youtu.be/VPzWe_pj5jI?si=QhsKxItC2NnLrMtp
■IKTT YouTubeチャンネル
IKTT Innovation of Khmer Traditional Textiles
https://www.youtube.com/@ikttinnovationofkhmertradi7793