カンボジアで伝統織物の復興に取り組むクメール伝統織物研究所(IKTT)岩本みどりさんにカンボジアの伝統織物と現地での活動を3回に分けて紹介してもらいました。
お願いした文章を掲載する前にこの活動の創立者である森本喜久男氏との出会いについて少し紹介したいと思います。
長くなってしまったので関心の無い方は次の本文からお読み下さい。
※IKTT…Innovation of Khmer Traditional Textiles organization
序.故・森本喜久男氏との出会い
参考:アジア民族造形学会2023総会/大会で報告された動画(15分)です。こちらもご覧下さい。
◎学術発表「クメール伝統織りの復興を進める織りの村からの報告」(2023/08/27)
※画像をクリックすると拡大表示します。
序.故・森本喜久男氏との出会い
「伝統の森」はアンコール遺跡群観光拠点の町シェムリアップの郊外にあり、森本氏を中心として始まったカンボジアの伝統織物の復興をめざす村です。村作りを持続可能な「自然環境再生プロジェクト」として進めています。
1976年からカンボジアを支配したポル=ポトを指導者とする急進的な共産主義政権とその後の内戦により多く人々、そして多くの伝統的なものが失われてしまいました。伝統絹織物「クメール織り」も無くなりかけていました。かつて京都の友禅職人だった森本喜久男氏は20数年をかけてカンボジアの人たちと共にこのクメール織りの復興を進めて来ました。
カンボジアのクメール織りの代表的なものは絣(かすり)織です。
絣(かすり)は織物の技法の一つで、織る前の糸の段階で糸を染め分け織ると柄になる手法です。日本では久留米絣などが有名です。一定の年齢以上の方はかつての日本の民族衣装「もんぺ」を思い出す方も多いでしょう。
カンボジアの絣は絵絣(えがすり)と言われる、絣の技法を使って絵柄を作り出すものが有名です。赤い色彩が多いのもカンボジアの絣織りの特徴です。
森本喜久男氏との出会いは1冊の本からでした。
1998年第一書林から発行された「メコンにまかせ―東北タイ・カンボジアの村から」という森本氏1冊目の本。
本の帯には「悠然と蛇行して流れる母なるメコン。いくたびこのメコン河を行き来したことか。辺境の村に分け入り、村人たちと一緒に、染めて、織って。タイ・カンボジアの伝統文化復活にかけた希有な日本人のものがたり。」とあります。
森本氏がカンボジアの染織に関わった経緯が書かれている自伝のような本です。
この本を読んでこの著者に会いたいと思ったのが最初でした。
私的には勤め人を辞め時間ができた時でした。本のあとがきにプノンペンの連絡先が記載されており、どのように連絡を取ったのかは記憶定かではありませんが会う約束ができました。
2001年3月にプノンペンの中華料理屋で初めて会うことができました。森本氏はヤマハのオフロードバイクに乗って現れました。
森本氏は1948年京都生まれ。京都で友禅職人を経て手描き友禅工房を主宰後、1983年タイのラオス難民キャンプの織物学校のボランティアとして訪タイしタイの農村で織物と出会っています。以来、東北タイの農村での手織物プロジェクトの設立に関わり、草木染めの調査、指導を続けていました。
1995年ユネスコ・カンボジアの依頼で内戦で失われたカンボジアの織りの状況の調査をし1995年に報告書を出しています。
私が初めてカンボジアに入ったのも同じ1995年でした。ベトナム南部から陸路国境を越えカンボジアに入りました。
国境はひなびた田舎で国境事務所を挟んでどちら側にも田んぼの中を真っ直ぐな土の道が続いていました。
色白で編み笠をかぶり田んぼで働くベトナム人のベトナム側から、クローマーというカラフルなチェック柄の布を頭に巻く色黒のクメール人(カンボジア人)のカンボジア側へと、国境事務所を通り抜けると同じ風景は続いていながらも国が変わったことを実感しました。
強い陽射しの下、初めて出会ったクメールの子供たちの素敵な笑顔が今でも印象に残っています。
カンボジア側は赤土の真っ赤な道がどこまでも続いていました。
たどり着いた首都プノンペンではまだ夜間外出禁止令が出ていました。安ホテルでも夜中には銃声の音が遠く聞こえていました。内戦はほぼ終結に近づいていましたが、タイとの国境付近の密林ではポル=ポト派と政府軍の戦闘が行われていました。比較的安全に旅が出来るのはプノンペンとシェムリアップのみの頃でした。
真っ赤な赤土の道は雨季になればどろどろの悪路になります。このような時代に森本氏はオフロードバイクを駆って村々を調査して回っていたわけです。
森本氏の調査報告書を読んだことがあります。
代々伝わる伝統的な織物はその村の環境によります。カンボジアの人々は綿を育て蚕を飼い糸を作る、身近な森にある植物などを使い染めることで織物を作ってきました。クメール伝統織物が美しい赤を基調としたものが多いのも、赤の染織に使うラックカイガラムシがかつてはたくさん生息していたからでしょう。
報告書の中で、この村では染めができる「おばぁ」がまだいる、こちらの村では絣の括りができる「おばぁ」がいる、こちらの村では織りができる人がいると、内戦の中で作られなくなってしまった伝統織物もその各部分ではまだ技術を継承している人達が残っていることが報告されています。
ばらばらになった織りの技術もそのピースを集めれば1枚の布として復興できる可能性があることがこの報告書に書かれています。
そして一人NGOといえる活動でしたが森本氏はこのばらならになったピースを集めカンボジアの伝統織物を復活させることを始めました。
私的な話しですがその数年後に旅行の企画をする仕事を始めました。森本氏がシェムリアップ郊外に広大な土地を取得し織りの村「伝統の森」の開墾を始めた頃でした。
企画した旅の一つに「織りを訪ねるシリーズ/カンボジア・クメール伝統織物とアンコール遺跡群を訪ねる旅」という企画を作り伝統の森訪問を入れました。
このツアーは評判が良くコロナ禍で海外旅行の企画ができなくなるまで20数回催行しました。
企画したツアーには案内人として添乗し、同行しましたが、毎回森本氏に「伝統の森」の工房を案内してもらい、所蔵するカンボジアの古布を広げながら布にまつわる話しを聞くのが楽しみでした。
最後に会ったのがお亡くなりになる4カ月前、伝統の森で開かれた「蚕祭り」でした。この様子は2017年4月にMBS/TBS系テレビ番組「情熱大陸」で放映されました。
テレビカメラや人前では気丈に振る舞っていましたが、すぐに疲れが来るようで事務所のお気に入りの椅子で目をつぶって休んでいる姿が思い起こされます。
2017年7月、癌により70歳で永眠されるまで16年にわたるおつき合いでした。
風前の灯火だったカンボジアの伝統織物は森本氏によって残ったと言っても過言ではありません。
そして森本氏が良く言っていた「伝統は守るものでなく、作るもの」という言葉通り、伝統の森では伝統的な織りの復興だけではなく新たな挑戦も行われています。
現在も故・森本氏の遺志を継ぎ日本人スタッフ、カンボジア人スタッフにより精緻で美しいカンボジアの伝統織物が作られ続けています。
是非ともこの素晴らしい織物を多くの人達に知って欲しいと思いますし、今後も応援し続けたいと思っています。
(アジア民族造形学会会員 相葉康之)
森本喜久男氏:
2004年にクメール伝統織りの復興と「伝統の森」再生計画が評価され、地球と人類の未来に貢献するプロジェクトに対して贈られる世界的な賞である第11回ロレックス賞を受賞。
2010年に社会貢献支援財団より社会貢献者表彰、2012年に大同生命地域研究特別賞、2014年に外務大臣表彰およびソロプチミスト日本財団より社会貢献賞受賞。
参考:
◎情熱大陸「余命宣告された京友禅職人・森本喜久男がカンボジアに作った世界一の“織物の村” 美しき糸と村人が織り成す奇跡の“祭り”にカメラが密着!」/毎日新聞
参考書籍:
◎展覧会図録「カンボジアの染織」
発行:2003年:福岡市美術館
184ページ:2,037円
購入は福岡市美術館にお問合せ下さい。
https://www.fukuoka-art-museum.jp/publications/?cat=exhibition&y=2003
日本語で書かれたカンボジアの染織に関する本の中で一番詳しい本。
多くのカンボジアの古布の写真が掲載されている。約100点の古布がカラーで見ることができる。
この企画をした福岡市美術館学芸員 岩永悦子氏はカンボジアは「インドシナ半島でも最も精巧な絹緋を産出することで知られている」と書いている。
「アンコール朝時代 00-12世紀)の彫像に刻まれた腰布の文様から、その頃にはすでに緯絣が行われていた可能性が示唆されている。」
下記参考。
・カンボジアの染織/福岡市美術館学芸員 岩永悦子(jstage)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/clothingresearch/51/2/51_77/_pdf/-char/ja
森本喜久男氏著作
◎「メコンにまかせ―東北タイ・カンボジアの村から」
著者:森本喜久男
出版社:第一書林 (1998/4/1)
発売日:1998/4/1
森本氏がカンボジアのクメール織りにかかわるまでの経過が書かれている本。すでに絶版ですので古書や図書館で探して下さい。
参考:amazon
◎「カンボジア絹絣の世界―アンコールの森によみがえる村」(NHKブックス)
著者:森本喜久男
出版社:日本放送出版協会 (2008/1/1)
発売日:2008/1/1
出版社からのコメント:
かつてアンコール王朝が栄え、東アジア世界の文化的中心地であったカンボジアで育まれたのが、絹絣である。細くしなやかな生糸を、草木、昆虫などの自然染料を用いて先染めし、母から娘へ手から手へと伝えられてきた極意の技法で手織りしてゆく。独特の光沢、手触りを持つ、森と先人の知恵の結晶した世界最高の布である。この絹絣に魅せられ、相次ぐ内戦のなかで絶えてしまった伝統の技法を復興させた著者の半生を通して、美しい絹絣の世界を鮮やかに描き出す。
500人規模の工房を運営し、さらに森に移転して新たな織物の村を興そうという試みは、持続的な国際援助・貢献の範としても内外の注目を集めている。
参考:amazon
◎「カンボジアに村をつくった日本人: 世界から注目される自然環境再生プロジェクト」
著者:森本喜久男
出版社:白水社 (2015/2/13)
発売日:2015/2/13
amazon本の紹介より:
2003年、シェムリアップ近郊にある5ヘクタールの開墾から始まった「伝統の森」に現在は約150人が暮らす。伝統技術を受け継ぎ、自然の恵みを仕事と生活に生かす取り組みの軌跡。
布は、森の、そして自然の恵みである。それは、土と水そして太陽という自然の循環と切り離すことはできない。本当の自然のなかから生み出された色や布には、命がある。まとうと温もりがあり、元気が出る。わたしたちの「伝統の森」では、そんな布が作られている。──第7章「『伝統の森』の現在」より
参考:amazon
◎「自由に生きていいんだよ お金にしばられずに生きる"奇跡の村"へようこそ」
著者:森本喜久男,高世 仁(聞き手)
出版社:旬報社 (2017/3/1)
発売日:2017/3/1
出版社からのコメント:
所有なんて、意味がない。人間サイズの暮らしが心地いい。カンボジアの荒野に、世界一のシルクの村を誕生させた著者からの伝言
参考:amazon