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※サーバートラブルで消えてしまった為再掲しました。
手元にある染織類のほとんどは現地で手に入れたものですが、この古布は変わったルートで私の手元に来ました。
機織りの先生をしている布好きの知人から他の布と交換して欲しいと見せられたのが発端。15年近く前の話。
彼女によると日本のリサイクルショップのようなところで手に入れたが、どこの織物なのか、どのような人がその店に売りに来たかも一切わからないとのこと。
しかしこの布が醸し出す不思議な魅力に惹かれ彼女が希望する布と交換しました。
それからこの布の出自を調べ始めましたがわかるまでかなりの時間がかかりました。
サイズは幅127cm、長さ128cm、写真を見ていただければわかりますがミラーワークが施された布。
織の縦方向の片側は端の処理がされておらず切ったと思われる跡があるため裁断された可能性もあります。
実際はもっと長かったのかもしれませんが不明。
「ミラーワーク(ミラー刺繍)は、小さな鏡を布の上に置き、それらを糸でかがって布に留め付けるもので、その鏡の周りをさらに刺繍で埋めることにより独自の文様を描き出す装飾技法を指す。(杉野服飾大学紀要 井出千尋氏「【研究ノート】民族衣装におけるミラーワーク」より )」
手元にある「世界織物文化図鑑」では「装飾-鏡」の項に分類され[鏡細工刺繍]と訳されています。
前述の井出氏によると、初期にはケイ酸塩鉱物の雲母が使用されムガール帝国時代(1526年~1857年)には、ガラスを大量に作る技術が発達してきたため、耐久性に乏しい雲母の代わりに、ガラスと錫で作られたミラー片が使用されるようになった、とありますが、今でも古布の中には雲母を使ったものも見つけることができます。
ミラーワークといえばまず思い起こすのはインド。
手元にも何枚かのインド、パキスタンのミラーワークの布を持っています。インドの染織は詳しく無いのですが、落ち着いた布全体の色合いやミラーワークが控えめに施されていることなどインドのものと考えるには違和感がありました。
実はこの布をよく観察してみるとその凄さがわかります。
埋め込まれているミラーは小さなものは外面に見える部分は3mm程度。ミラーの数を数えてみたところなんと概算7,800個ありました。幾つかのパターンが繰り返されていますので1パターンの中を数えパターン数をかけて概算を出しました。
「世界織物文化図鑑」には「飾り縫い留め」としてミラーの留め方のイラストもありますが1つ留めるだけでもそれなりの手間がかかります。
この1m四方の布にミラーを埋め込むだけでも想像できないような膨大な時間がかかったのでしょう。
どのような人が作ったのでしょう。
母が娘が生まれたときから結婚式の為に長い年月をかけて作ったのかも知れないし、王宮専属のお針子がそのプライドをかけて作ったものかもしれません。
人類にとって必要な衣食住。
そのうちの一つである衣裳を纏うというのは単に寒さから身を守るだけでは無く、病気や災害など邪悪なものから身を守って欲しいとの願いが込められています。
かつて鏡には様々なものを映し出す魔力を感じていたのでしょう。体に入ってこようとする悪いものが入らないように、魔除けや邪視除けとして衣服などに好んでつけられたようです。
どこの布かわからない、というのは喉に刺さった小骨のように気になってしかたがなかったのですが、これを解決してくれたのは有楽町にあったアジアの布や李朝家具などを扱う骨董店「織田有」のY氏。
現物を見てもらいインドネシア・スマトラ島ランプンの布であることがわかりました。
Y氏を信用しない訳ではありませんが、それだけでは納得がいかず手元にあった数冊のインドネシアの染織関係の本を調べて見ました。
「織・染め・縫いの宇宙 インドネシアスマトラ島の染織/エイコ・クスマ・コレクション(1999年福岡市美術館発行図録)」の中にこれとほぼ同じ布を見つけました。
この図録によると「タピス 女性用腰衣、西ランプン/南ブンクルカウウル地方」とあり「カウウルの染織の特徴である、細かな雲母片が取り付けられている」とありました。
ランプンは地名でありカウウル地方はランプン州西の内陸の山岳地帯とのこと。ランプン州はスマトラ島の最南端に位置しています。
タピスは東京国立博物館の資料によると「タピス(筒状衣)」となっています。筒状のスカートを意味しているようです。
アジアの腰布は一枚の布をそのまま巻き付ける人達と筒状に輪にして着用する人達がいます。これによると筒状にして着用していたと思われます。
片端が切り取ったようになっていたのはその為かも知れません。
調べて見ると「タピス」は結婚式で花嫁が着ける腰巻として使われていましたが儀式の盛装としても着用されていたようです。
話しはそれますが、かなり以前ある染織の展覧会でラオスの織りと思える布を見ました。ラオスの布はそれなりに沢山見ていたので見ただけでラオスのものと思いました。ところがクレジットを見るとインドネシア・スマトラ島とありました。
ラオスの代表的織物の特徴は浮織りと呼ばれる一見すると刺繍のように見える織物です。特徴的であり見ればわかります。
それと見間違う同じような織物がスマトラ島にあったとはちょっとした驚きでした。
今回のミラーワークの布とは全く異なったタイプです。
よく考えればスマトラ島は日本の約 1.3 倍の面積があるとのことですから多様性があってもおかしくはありません。
この2つの出来事があり、是非スマトラ島に布を探しに行きたいと思ったのですが、当時スマトラ島は内乱により治安が悪く行ける状況ではありませんでした。
この布を見る度にいつかは行ってみたいと思い続けています。
※ 実はこの後に女性用上着も手に入れましたので腰布と上着が現在手元にあります。
(アジア民族造形学会会員 相葉康之)
参考書籍:
◎世界織物文化図鑑―生活を彩る素材と民族の知恵
出版社:東洋書林
発売日:2001/10/1
大型本:239ページ
著者 :ジョン ギロウ、ブライアン センテンス
日本語版監修:丹野 都
翻訳編集:国際服飾学会
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784887215214 (紀伊國屋書店)
商品の説明:BOOKデータベースより/amazon)
一枚の布に織り込められた民族の熱い思いと技術のすべて!世界中の伝統的な布地を網羅し、身近な動植物から得た素材で、個性豊かな装身具や生活用具に仕上げていく技術を紹介。美しく、かつ技法が鮮明にわかる写真や挿絵と共に、各民族が培ってきたテキスタイルの魅力にせまる。
この本は染織に関心のある方に都度お薦めしています。
薦める理由ですが、一般的な世界の染織に関する書籍はそのほとんどが国別や民族別になっています。しかしこの本は素材、技法などに分けて世界の染織を横断して紹介している点です。
世界中ではどのような素材で服を作っているのか、染料はどのようなものを使っているのか、織りの技法は?などを世界を網羅して知ることができます。
上記、紀伊國屋書店のペーシを開いていただければ目次も見ることができます。
この本の筆頭著者のジョン ギロウ氏はイギリス在住の著名な染織収集家であり研究者とのこと。
本のタイトルに「世界」とついていますが本当に世界中の染織を網羅しているのかは当然ながらわかりません。
しかし、この本は国際服飾学会会長・丹野都氏が監修しており「国際服飾学会20周年記念出版」として国際服飾学会が訳出・発行したとあとがきに記載されています。
国際服飾学会が世界の染織を網羅していると判断しているという事でしょう。
この本を見てみるとその多くはアジアであり、また中南米、アフリカが多く紹介されています。
すぐれた染織はこの地域に集まっていると言えるのでしょう。
図書館等にもありますので一読をお勧めします。
蛇足ですが、私の手元にある民族衣装類の中の20数点が掲載されていることも個人的にお薦めする理由です(^^;)。
◎織・染め・縫いの宇宙 インドネシアスマトラ島の染織/エイコ・クスマ・コレクション
(1999年福岡市美術館発行図録)
出版社:福岡市美術館
発行年:1999年
寄与者:福岡市美術館, 富山佐藤美術館, 町田市立博物館
151ページ
1999年に開催された展覧会の図録。インドネシア染織のコレクション「エイコ・クスマ・コレクション」から、スマトラ島の染織の代表的な作品を118点紹介。製作地域によりアチェ、バタック、ミナンカバウ、ジャンビ、パレンバン、パセマ-ブンクル、ランプンに分け作品を収録し、図録の後半でも地域別の解説を掲載しています。